労働時間の把握は義務です|客観的記録が必要な理由

2019年4月から、事業者には労働時間を客観的な方法で把握する義務があります。自己申告だけでは足りない理由と、記録として何を残す必要があるのかを条文から整理します。

「うちは自己申告だから」「小さい会社だから関係ない」という説明を聞くことがあります。 どちらも誤りです。

2019年4月から、事業者には労働時間の状況を客観的な方法で把握する義務があります (労働安全衛生法66条の8の3)。 それ以前は通達による指針でしたが、働き方改革関連法によって法律上の義務になりました。

何が義務になったのか

条文が求めているのは「労働時間の状況の把握」です。 そして把握の方法は、労働安全衛生規則52条の7の3により、 タイムカード、パソコンの使用時間の記録、その他の適切な方法と定められています。

ここでいう「客観的な方法」とは、本人の記憶や申告に依存しない記録という意味です。 紙に手書きで「9:00〜18:00」と書いてもらうだけでは、この要件を満たしません。

本人の記憶や申告に依存していないか

依存していないタイムカード、PCの使用時間の記録など。要件を満たす
依存している手書きの自己申告のみ。原則として要件を満たさない
その記録は「客観的な方法」にあたるか

対象は広く、割増賃金の有無では決まりません

管理監督者も裁量労働制も対象

もっとも見落とされやすいのがここです。

労働時間の状況の把握
一般の労働者対象
管理監督者対象
裁量労働制の適用者対象
事業場外みなし労働時間制の適用者対象
パート・アルバイト対象
高度プロフェッショナル制度の対象者この規定の対象から除かれ、健康管理時間の把握が別に義務づけられます

管理監督者には時間外・休日の割増賃金が発生しませんが、 労働時間を把握する義務は別に存在します。 「管理職だから勤怠をつけなくていい」という運用は、この規定に反します。

裁量労働制も同じです。何時間働いたとみなすかという話と、 実際に何時間働いたかを把握する義務は、まったく別の話です。

高度プロフェッショナル制度だけは別の枠組みです

労働安全衛生法66条の8の3は、把握の対象となる労働者から 「次条第1項に規定する者」、つまり高度プロフェッショナル制度で働く労働者を除いています。

義務が無くなるわけではありません。 代わりに把握するのが健康管理時間です。 事業場内にいた時間と、事業場外で労働した時間の合計を指します。 これを把握する措置を講じることは、労働基準法41条の2第1項3号で決議事項とされています。 健康管理時間が一定を超えた場合の医師による面接指導も、 労働安全衛生法66条の8の4に定められています。

つまり「把握しなくてよい人」ではなく、「別の名前の時間を把握する人」です。

なぜ広く対象なのか

この規定の目的が賃金計算ではなく健康確保だからです。 長時間労働による健康障害を防ぐために、 医師の面接指導につなげる前提として労働時間を把握させる、という構造になっています。 高度プロフェッショナル制度で健康管理時間の把握が求められるのも、同じ理由からです。

自己申告でよい場合の条件

例外的に自己申告による把握が認められる場合もありますが、条件が付きます。

自己申告を採る場合、事業者は労働者に対して十分に説明し、 実際の労働時間と申告内容が合致しているかを必要に応じて実態調査しなければなりません。 また、時間外労働の削減のための社内通達や労働時間の上限設定が、 適正な申告を妨げる要因になっていないかを確認する必要があります。

つまり「自己申告にしておけば楽」ではなく、 自己申告のほうが事業者の負担は重いという設計です。 実態調査の記録まで求められるため、客観的な記録を残すほうが結果的に手間が少なくなります。

記録は3年間保存します

労働基準法108条は賃金台帳の調製を、109条は労働関係に関する重要書類の保存を定めています。 出勤簿やタイムカードもこの「重要書類」に含まれます。

保存期間は2020年4月の改正で本則5年になりましたが、 経過措置により当分の間は3年です(労働基準法143条)。

未払い賃金を請求できる期間も、同じ改正で当分の間3年に延長されました。

記録がないと何が起きるか

未払い残業代を争う場面で、労働時間の立証責任は基本的に労働者側にあります。 しかし、事業者に把握義務があるにもかかわらず記録がない場合、 労働者側の提出した資料(手帳のメモ、パソコンのログ、入退館記録など)が そのまま採用されることもあります。

記録を残さないことは、事業者にとって守りになりません。 むしろ、反証の材料を自ら手放している状態になります。

自社の記録が義務を満たしているか

条文の側から見ると、確かめる項目は5つです。1つずつ突き合わせれば判定できます。

確かめること根拠満たしていない例
賃金台帳に、労働日数と労働時間数が個人別に書かれている108条、施行規則54条4号・5号給与明細は配っているが、台帳が無い
時間外・休日・深夜の労働時間数が、区分して書かれている施行規則54条6号「残業手当◯円」だけで、時間数の記載が無い
始業と終業の時刻が、客観的な方法で残っている労働時間の適正な把握のガイドライン出勤簿に押印するだけ。自己申告のみ
管理監督者や裁量労働制の人の労働時間の状況も把握している労働安全衛生法66条の8の3管理職はタイムカードの対象外にしている
記録を3年間保存している109条、附則143条1項年度末に前年度ぶんを捨てている

2つ目でつまずく事業場が多いところです。 金額だけを台帳に書いても、 時間数が無ければ計算の根拠を示せません。

違反したときに何が起きるか

賃金台帳(108条)と記録の保存(109条)は、120条1号により30万円以下の罰金が定められています。 36協定などの周知義務(106条)も同じ号に入っています。

もっとも、罰則より先に効くのは前節の話です。 記録が無ければ、争いの場で反証の材料を欠くのは事業者の側です。

何を選べばよいのか

満たすべきは3つだけ

義務を満たすために必要なのは、次の3つです。

  1. 始業と終業の時刻が客観的に残ること
  2. 記録を3年間保存できること
  3. 管理監督者や裁量労働制の人も含めて記録できること

紙のタイムカードでもこの3つは満たせます。 必要なのは高機能なシステムではなく、この3点を確実に満たすことです。

記録が残るだけでは足りない場面

義務は満たせても、運用で困る場面は別にあります。 36協定の上限へ近づいたときに気づけるか、 複数拠点や直行直帰の勤務をどう記録するか、といった課題です。

選ぶときにどこを見ればよいかは 勤怠管理システムを選ぶときの判断軸に整理しました。 打刻方法ごとの向き不向きは 打刻方法の比較をご覧ください。

手元の記録を確かめる

いま自分の労働時間がどう記録されているか気になった場合は、 給与明細と自分の記録を突き合わせてみてください。

1日ぶんは勤務時間の計算で、 1か月ぶんはシフト表の集計でまとめて確認できます。 15分単位で切り捨てられている場合の差額は パート・アルバイトの日給計算で出せます。

突き合わせて差が出たとしても、それがそのまま未払いを意味するとは限りません。 所定労働時間や休憩の扱いによって、差が出るのは正常な場合もあります。 まずは自分の記録を持っておくこと。判断はそのあとで足ります。

この記事が扱う法令

本文で述べている法令の数値と、その原典を最後に確認した日です。

条文そのものを載せているのではなく、記事の説明に必要な部分をまとめています。 個別の事情への当てはめは、労働基準監督署または社会保険労務士へご確認ください。

参考にした資料

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